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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)56号 判決

控訴人

李内永

右訴訟代理人

浜田修

被控訴人

甲府地方法務局長

大坪定雄

右指定代理人

前蔵正七

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人が昭和四六年一〇月七日控訴人に対してした司法書士認可申請についての不認可決定を取り消す。(三)被控訴人は、控訴人に対し、昭和四六年度司法書士選考試験により控訴人を司法書士として認可する。(四)訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の陳述及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

第一、控訴人の付加した陳述

一、本件聴問は、次の理由により不存在若しくは無効であり、従つて、かような聴問を前提とする本件不認可処分は無効であつて、取り消さるべきものである。

(一)  司法書士法(以下単に法という。)四条三項の聴問手続は、司法書士不認可処分の正当性、公正を保障するために設けられたものであるから、これが適法、有効に行なわれたというためには、(1)手続の公正が外形上保障されており、かつ、(2)内容的にも、申請者に対し不認可の理由につき十分な説明がなされていることが必要である。ところが、

(1) 本件聴問において、聴問手続の主催者側の責任者である当時の甲府地方法務局長羽生五郎が「お前はいいがかりをつけに来たのか」との発言をしたことは、原審において主張したとおりである。この発言は、同局長が初めから法の趣旨にそう公正な聴問手続を施行する意思がなかつたことを示すものであつて、聴問手続の外形上の公正性をみずから否定し、ひいて聴問手続全体を無効とする公序良俗違反の行為にあたるものというべきである。

(2) 同局長は、本件聴問手続において、控訴人のした不認可理由の質問に対し、「合格基準点に達しない」と答えるのみで、それ以外は、「答える限りでない」として、説明を拒んでいるが、これでは、不認可理由の説明がなされていないに等しい。すなわち、聴問手続において不認可の理由が十分に説明されているというためには、

(イ) 面接における採点基準の存否及びその程度の説明がなさるべきものであり、少くとも、その説明は、認可申請者に対し不認可の理由を納得させるよう努力した事実が客観的にうかがわれるようなものでなければならない。

(ロ) とくに、面接における合否判定基準の存否及びその程度の説明は不可欠のものである。ところが、本件聴問手続においては、右(イ)(ロ)の基準そのものですらなんら示されなかつたのであるから、本件聴問手続は、不認可の理由につき法の趣旨にそう十分な説明がなされた公正な手続ということはできない。

(二)  本件聴問の施行についての通知に法四条四項にいう「認可を与えない理由」の記載を欠いていることは、聴問の聴旨、目的に照らし、聴問手続を無効とする重大な瑕疵を構成するものと解すべきである。

二、司法書士法が司法書士となるための資格要件を定め、司法書士となるについて選考による認可制を採用する趣旨は、憲法の保障する職業選択の自由及び営業活動の自由に対し、公共の福祉の見地から制約を加えようとしたものであるから、選考の結果地方法務局長より選考基準に達しているものと認定され、その旨の通知を受けた者は、特段の事情のないかぎり認可が与えられるべきものであるところ、甲府地方法務局総課長岩淵克郎の昭和四六年八月二三日付「司法書士選考試験の結果について」と題する「依命通知」(甲第一号証)は、控訴人が選考試験の結果合格基準点に達していることを公に認定し、その旨を控訴人に通知したものであるから、被控訴人としては、特段の理由、事情がないかぎり認可を与える義務があり、特段の理由を明示することなく不認可とすることは、裁量権の濫用にあたるものというべきである。すなわち、司法書士の認可手続における選考とは、控訴人がすでに原審において主張したとおり、筆記試験を指すものであり、筆記試験の後に行なわれる面接は、申請人の司法書士としての一般的適性その他健康状態等を確かめるためのものに過ぎないところ、控訴人は、筆記試験の結果合格基準点に達していると公に認定され、かつ法三条の欠格事由がなく、司法書士の業務にたえる健康状態にある者であるから、特段の事情のないかぎり、認可が与えられるべきものであつて、認可を拒否すべき特段の理由、事情があつたこと、ないしは、裁量権の濫用がなかつたことを被控訴人において証明しないかぎり、本件不認可処分は、裁量権を濫用して行なわれた違法のものというべきである。

第二、被控訴人の付加した陳述

一、本案前の主張

控訴人は、選考試験の結果合格基準点に達していないのであるから、仮りに本件不認可決定が聴問手続の違法のために取り消されたとしても、あらためて、聴問手続を経て認可を付与することは許されないところである。従つて、控訴人は、本件不認可決定の取消を求める法律上の利益を有しない。

二、控訴人の当審における陳述について

(一)1  本件聴問手続において、当時の甲府地方法務局長羽生五郎は控訴人の質問に対し、終始誠意をもつて応答していたものであつて、控訴人が冷静さを失い、興奮して、けんか腰に及ぶため、「聴問の席上であるから、いいがかりをつけに来たわけではないでしよう。冷静に話をしなさい。」との趣旨を述べて控訴人をたしなめたに過ぎない。これは、聴問の主宰者として当然の措置であつて、なんら違法とさるべきものではなく、右言辞が直ちに聴問手続の公正を害するものということできない。

2  本件聴問においては、羽生局長より、登記や供託申請手続についての問題に対する控訴人の解答が不十分で、面接試験の結果が合格基準点に達していなかつたこと、控訴人が外国人であることや健康状態は不認可の理由となつていないこと等が説明されており、不認可理由の説明としては、これで十分であつて、控訴人主張のような各基準の存否及びその程度を明示することは、法の要求するところではなく、これを明示しなかつたからといつて、聴問が不存在ないし無効ということはできない。

(二)  本件聴問の通知に「認可を与えない理由」の記載を欠いていることは、控訴人主張のとおりであるが、被控訴人は、聴問前の面接試験の結果の通知書(甲第三号証)において「認可を与えない理由」を記載し通知しており、控訴人は、すでにそのことを了知しているのであるからその程度の瑕疵は、その後に行なわれた本件聴問の無効原因となるものではない。

(三)  本件不認可処分は、裁量権を濫用して行なわれたものではない。この点に関する控訴人の主張は、法四条一項の法務局又は地方法務局の長の行なう選考は、筆記試験のみを指すものであることを前提とするものであるところ、司法書士選考認可の実際の運用は、昭和三一年八月一五日以降は、原則として、毎年一回全国統一の筆記試験のほか口述試験、健康状態及びその他の調査を法務局又は地方法務局において実施することとしていた。そうして、この趣旨は「司法書士認可に関する選考試験受験案内書」(乙第八号証)に明示して、認可申請者に周知徹底をはかつている。控訴人は、昭和四六年八月二三日付「司法書士選考試験の結果について」と題する依命通知(甲第一号証)をもつて控訴人の主張を裏付けるものであるかのようにいうが、この書面は、前記受験案内書の第四節の「この筆記試験合格者については、法務局又は地方法務局から直接本人に通知します。」との記載にもとづいて発せられた通知であることは明らかであり、前記依命通知にいう「司法書士選考試験」が筆記試験を指称するものであることは、当然、認識しうべきはずである。また、この通知書には、「標記試験の結果あなたは合格基準点に達しましたが、さらに面接試験を行ないますから云々」と記載されていることからみても、これが甲府地方法務局長の行なう選考試験のすべてに合格したことを表示したものでないことは明らかである。

第三、新たな証拠の提出及び書証の認否〈略〉

理由

第一、不認可処分取消請求について

一、被控訴人の本案前の主張について

(一)  被控訴人は、司法書士の認可を与うべきかどうかは、被控訴人が選考試験の結果にもとづき、その最終的責任において決定すべきものであるから、不認可処分の取消しを求める訴えは不適法であると主張する。しかし、右主張の採用しがたいことは、原審の判断するとおりであるので、この点に関する原審の判断(原判決三枚目表二行目から三枚目二行目まで)を引用する。

被控訴人は、さらに、控訴人は選考試験の合格基準点に達していないのであるから、仮りに、本件不認可決定が聴問手続の違法により取り消されたとしても、あらためて聴問手続を経て認可を付加することは許されないところであるから、控訴人は、本件不認可決定の取消しを求める法律上の利益を有しないと主張する。

そこで、考えてみるに、法四条は、司法書士の認可権者が不認可処分をしようとする場合には、認可申請者の請求があるかぎり、あらかじめ認可を与えない理由を通知したうえで、公開の聴問を行なわなければならない旨を定めているところ、その趣旨は、認可に関する処分が公正に行わるべきことを保障するために、認可申請者の請求があるかぎり、公開の席において不認可の理由(すなわち、その理由が試験の結果によるものであるか、その他の理由、とくに法三条の欠格事由の存在によるものであるか)を明示すべきこととするとともに、不認可の理由が欠格事由の存在等にある場合には、必要に応じ(すなわち、欠格事由等の存否に関する具体的事実の認定を公正にするために必要があるかぎり)申請者にその点について主張、立証の機会を与えるべきこととすることによつて、認可に関する決定が認可権者の恣意により左右されることを防止しようとしたものと解することができる。従つて、選考試験により合格基準に達していないと判定された者であつても、公開の聴問において不認可の理由につき説明を受ける権利が保障されているものというべきであるから、聴問において、不認可理由の説明がまつたくなく、この点から聴問が違法とされる場合には、あらためて、聴問手続において不認可の理由を説明したうえで処分をすべきことを求めるために、聴問手続の違法を理由とし不認可処分の取消しを求める法的利益を有するものといわねばならない。従つて、被控訴人主張のように、選考試験により合格基準に達していないと判定された者は、聴問手続の違法を理由として不認可処分の取消しを求める法的利益を有しないということはできないので、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

二本案の請求について

〈中略〉

控訴人は、さらに、本件聴問においては、面接における採点基準の存否及びその程度並びに合否判定の基準及びその程度が明示されなかつたので、右聴問手続は、不認可の理由につき法の趣旨にそう十分な説明がなされた公正な手続とはいいえないと主張する。

しかし、試験が公正に行なわれるためには、一定の基準を設けて、その適用により合否を判定すべきことは当然であるが、試験のもつ専門技術性にかんがみれば、どのような判定基準を設けるべきかということについても、また、この基準の適用による成績の評価についても、試験官の専門技術的判断に任さざるをえず、試験終了後において、聴問の結果により判定基準そのもの、ないしはその適用による評価を修正、変更すべきものとすることは、試験の性質にそぐわないことは明らかであつて、聴問制度の趣旨、目的、試験における解答につき受験者に釈明、補充の機会を与えることにあるとは解されない。また、わが国における試験についての一般的慣行も、試験における判定基準や基準の適用による評価点数等は、これを公表しないことが一般であつて(このことは、当裁判所に顕著な事実である。)、法がこの慣行に反して、聴問手続においてこれを公表すべきものとする趣旨であるならば、そのことをうかがわせるようななんらかの規定を設けることが普通であるのに、このような趣旨をうかがわせるような規定はまつたくない。しかも、〈証拠〉によれば、本件口述試験は、司法書士となるのに必要な、登記、供託の手続についての知識の程度を、比較的自由な、臨機の発問によつて確かめることに主眼を置いて実施されたものと推認されるのであるが、かような口述試験の性質上、事後において、試験の成績を固定的、画一的基準の適用による評価点数をもつて詳細、具体的に明示することは、事実上困難であつて、強いてこれを要求することは、口述試験の特質、長所を阻害しかねない。これらの点から考えれば、法は、不認可の理由が試験の結果による場合には、試験における判定基準の存否、その内容及び基準の適用による評価点数等を聴問手続において逐一具体的に明示すべきことまでをも要求しているものとは解されず、これを明示しなかつたからといつて、本件聴問手続が法の趣旨にそわない不公正なものであるということは相当でない。かえつて、前認定の事実によれば、本件聴問手続の全過程を通じてみれば、不認可の理由がほかの理由によるものではなく、口述試験の結果によるものであること、すなわち口述試験における登記、供託の手続についての解答が不十分であつて、その成績が合格基準に達しなかつたことによるものであることが説明されていると認められるのであつて、不認可理由の説明としては、この程度をもつて足りるものというべきである。この点に関する控訴人の主張は、ひつきよう、選考試験とは筆記試験のみ指すものであり、控訴人は選考試験に合格たと認定された者であるとの誤つた前提に立つて聴問における不認可理由の説明を不十分なものと主張するものであるか、若しくは、聴問制度の趣旨、目的の誤解にもとづくものというべきであつて、いずれにしても、採用しがたいものである。

控訴人は、さらに、本件聴問の施行についての通知に「認可を与えない理由」の記載を欠いていたから、聴問は無効と認められるべきであると主張する。そうして、〈証拠〉によると、控訴人から聴問の請求があつた後、被控訴人は、昭和四六年九月二三日付の書面で、控訴人に対し、聴問の日時及び場所を通知しているが、その際法四条四項にいう「認可を与えない理由」の記載を欠いていたことが認められる。しかしながら、控訴人は、聴問を請求する前すでに、被控訴人から昭和四六年九月一八日付書面をもつて、不認可の理由が面接試験の結果の合格基準点に達しなかつたことによるものであることの通知を受けているのであるから、これによりすでに不認可の理由を知らされていたと認めることができる。このことに、控訴人が、聴問手続の初めに理由不記載の点を指摘して異議を述べた形跡が証拠上まつたくうかがわれないことをあわせ考えれば、聴問の通知に不認可理由の記載を欠いていたことは、本件聴問手続の無効原因とはならないのはもとより、その取消原因ともならないものと解するのが相当である。従つて、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

以上に判断したとおり、本件不認可処分には、控訴人主張のような違法のかどはなく、その他の点においては、右認可処分が適法要件を具備するものであることは、控訴人の明らかに争わないところである。従つて、本件不認可処分は適法と認めらるべきものであり、その取消を求める控訴人の請求は理由がなく、これと同旨の原判決は正当であるから、不認可処分の取消請求に関する控訴は棄却さるべきものである。

第二司法書士の認可を求める訴えについて

当裁判所は、行政庁に対し一定の行政行為をなすべきことを求める訴えが一般的に許されないとする原審の判断には、必ずしも賛同するものではないが、以上に判断したところによれば、司法書士の認可を求める請求も、どのみち理由がないものとして棄却さるべきこととなるところ、訴え却下の判決を請求棄却の判決に変更することは、控訴人に不利益となり、許されないところと解されるので、右請求に関する控訴は、これを棄却することとする。

よつて、本件控訴をすべて棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石健三 小林哲郎 間中彦次)

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